Durstのブログ

主な関心は、言葉、記号、旅など。頭に浮かんだことを、備忘録のように雑記します。

Let's Get Physical

英語でフィジカル(physical)といえば、身体的、物質的、物理的なことを指す言葉だ。この反意語といえば、まずメンタル(mental)が浮かぶが、サイコロジカル(psychological)とか、スピリチュアル(spiritual)とか、インマテリアル(immaterial)などもある。つまり非物質(=形のないもの)の代表は、長らく人間の精神であった。

 

しかし、こと最近のビジネス翻訳になると、フィジカルの反意語は圧倒的にデジタル(digital)である。先日も米国人のクライアントが報酬をの送金方法をめぐって「銀行に実際に(フィジカリー)行くことを考えたら、断然PayPalがいいんだよね」ということを言っていた。コロラドの田舎町でグローバル・ビジネスをしている彼女は、海外送金ができる銀行へ行くだけで時間とガソリン代がかかる。だからフィジカルな送金が非合理的で苦痛なのだ。

 

さまざまな行動がデジタルに置き換えられて、古いやり方に「フィジカル」とことわりを入れる必要が生じている。声を出すおしゃべりは「フィジカル・チャット」。ペンで書きつけるノートは「フィジカル・ノート」(Evernoteがわざわざ作成)。将来は店まで行って買物をするのを「フィジカル・ショッピング」と呼び、実際に同じ部屋で集まって話すのを「フィジカル・カンファレンス」と呼ぶかもしれない。今ではデジタル・セックスなんていうのもあるから、そっちが主流になったらこれまでのスタイルをいちいち「フィジカル・セックス」と呼んだりして。

 

今やメールといえば電子メールのことで、郵送の方をわざわざ「ポスタル・メール」と呼ぶ。物の名前の実体が移行して古いものに形容詞がつくという変容は、古今東西の言葉の歴史にもたくさん例があるはずだ。紙の本を「ペーパー・ブック」と呼ぶ時代も間近かもしれない。

 

オリビア・ニュートン=ジョンのヒット曲「フィジカル」(1981年)の歌詞は、「メンタルな関係は退屈。あなたの身体の声を聞かせてよ。フィジカルになろう」と迫り、最後はついに「アニマルになろう」までエスカレートする。

 

そんなことからも、人間社会の進化の方向性は、古来から非フィジカルに向かっていると信じられており、これから生活がデジタル化されるにつれてどんどん「フィジカルなんとか」という言葉が増えるのではないかと予測するのである。